【「かぐや」の成果 ~ お知らせ 2015.5月 】





【月周回衛星「かぐや」搭載スペクトルプロファイラが発見した、
月の高地領域におけるカルシウムに富む輝石の分布】


    本内容は、2015年5月7日付けで米科学雑誌「Journal of Geophysical Research, Planets」に掲載された論文「Global occurrence trend of high-Ca pyroxene on lunar highlands and its implications (Satoru Yamamoto et al.)」に関するものです。


    本論文は、月周回衛星「かぐや」に搭載されたスペクトルプロファイラ(SP)で取得した可視近赤外連続反射スペクトルデータによって発見された、月の高地領域におけるカルシウムに富む輝石(High Calcium Pyroxene:以後、HCP)の分布について報告したものです。


    月主要鉱物の一つであるHCPは、月の表側にある月の海と呼ばれる丸い領域(うさぎ模様の黒い部分)に多く含まれていることが知られています。一方、主に月の裏側に分布する白く明るい領域(高地領域と呼ばれます)ではHCPは少なく、斜長石やカルシウムに乏しい輝石等の苦鉄質鉱物が混ざったものからなると考えられてきました。しかし最近のリモートセンシング観測により、高地領域であっても幾つかの衝突クレーターにおいてHCPが大量に存在することを示す観測結果が報告されています。いずれにしても、高地領域とHCPに富む場所についての関連性については、これまでよく分かっていませんでした。
    そこで、HCPの持つ反射スペクトルの特徴(1.0μm(マイクロメートル)付近および2μm付近の吸収)に着目し、データマイニング解析を使って、月面上の約7,000万点で取得された全てのSPデータから、高地由来と考えられる反射率の高いHCP(Bright HCP=BHCPと略します)の検出地点の捜索を行いました。その結果、全球で約4000点を超える地点でBHCPの特長を示すスペクトルが見つかりました(図1)。その多くは月の海に分布する巨大衝突盆地の縁付近や、月の歴史の中で古い時代に噴出した玄武岩質の溶岩の上に、高地由来物質が覆いかぶさって出来た「クリプトマーレ」と呼ばれる領域で多く見つかりました。一方で、月の裏側を中心とした、地殻が厚い場所の斜長岩質高地(FHT)と呼ばれる高地領域では、非常に新しいクレーターにのみ集中して見つかることがわかりました。


    さらにFHTの高地領域に注目し、BHCPの特徴を示すスペクトルが見られた各クレーターについて詳しく調べたところ、BHCPは主にクレーターの底、縁または放出物が堆積した領域に集中して分布する事がわかりました(図2)。一方、クレーターの中央丘ではBHCPはあまり見つからず、代わりにほぼ100%の斜長石からなる斜長岩(PAN)が見つかることがわかりました。
    クレーター中央丘はクレーターが形成されるときに深い所から上昇することで形成されると考えられています。この為、今回の結果は、HCPに富む物質がクレーターが形成される前はPANに富む層よりも浅い場所にあったということを意味します。またBHCPがみつかるクレーターはいずれも直径が10kmを超える大きいものに限られ、小さいクレーターでは、BCHPが一切見つかりませんでした。小さいクレーターは浅い部分しか掘り起こしていないと考えると、このことは月地殻の浅い領域には、BHCPに富む物質が殆ど無いということを意味します。


    次に、BHCPに富む物質がどういった成分であるかについて調べるために、多重散乱モデルを使った理論的解析を行いました。その結果、PANに少量のHCPを混合したものを考えると、今回観測されたBHCPの反射スペクトルを上手く説明できることがわかりました。


    以上の事から、図3のような月地殻構造が推測されます。まず(1)月表層から数km〜10kmまでの深さでは、PANはあまり含まれておらず、従来考えられてきたように苦鉄質鉱物を含む様々な岩石の混合層からなること、(2)その下位層にはBHCPに富む物質が存在すること、(3)BHCPよりもさらに深いところには、月原始地殻由来のPAN層が存在するということ、(4)BHCPは少量のHCPとPANが混ざったものである可能性が高いことがわかりました。


    では、どのようにしてこのような層構造が出来たのでしょうか?今回の観測事実を上手く説明するモデルとして、「月マグマの海の溶け残り説」が挙げられます。このモデルによると、今回見つかったBHCPは、月原始地殻が形成された時のマグマの海の溶け残り物質が濃集した層から来たものである可能性が考えられます。このような溶け残りの層が存在する可能性については、過去の研究において理論的には存在が予想されていたのですが、実際に観測的証拠が見つかったのは今回が初めてです。また過去の理論的研究においては溶け残り層の成分が何であるかまでは分かっていませんでしたが、もし今回見つけたHCPが溶け残り層由来であるとすれば、月マグマの海の成分に対して大きな情報を与えることになると考えられます。


解説文 山本 聡 (国立環境研)

当該のデータ処理は、LISM/SP 機器チームが実施しました。



図1:BHCPの全球分布(赤丸点)、 背景図はSPの0.75µmの波長で測定された反射率マップ





図2:月の裏側に存在するジャクソンクレータのBHCP(黄丸点)とPAN(赤丸点)の分布





図3:本観測結果から推測される月の裏側高地の地殻構造。
表層から数km〜10kmまでの深さでは、PANはあまり含まれておらず、
カルシウムに乏しい輝石を中心とした苦鉄質鉱物を含む様々な岩石の混合層が存在し、
その下位層にはBHCPに富む物質が存在する。そしてBHCPよりもさらに深いところには、
月原始地殻由来のPAN層があると予想される。



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